人間がへた

誰のためにもならないことだけ書きます。半径三メートルの出来事と、たまに映画と音楽。

tinderを使いこなすゴリラ in ハプバー

少し前に大学の時の友人と飲みに行った。その時の話をしたい。

まず本題に入る前にこの友人の説明をしておきたい。年齢はわたしと同い年の26歳。東京大学大学院卒。経済学専攻。twitterで事あるごとに「社会学はクソ」と発言して憚らない。ちなみにわたしの大学院での専攻は社会学。シンプルに殴りたい。twitterで多方面に議論を吹っ掛けるせいで、最近旧知の友人にブロックされたらしい。顔は穏やかなゴリラ。

その男が「tinderに登録した」という。tinderとはfacebookと連携したマッチングアプリだ。ライトな出会い系みたいなもんと理解してもらえばいい。男には長い付き合いの恋人がいる。だが男は浮気や出会い系とは縁遠いタイプなので、そのまま続きを促した。

言い分は以下の通りだ。

長い付き合いの恋人がいて、結婚を考えている。でも俺は今の恋人でしか女性を知らないと言ってもいい。男という生き物は結婚前に遊んでいないと、結婚後にタガを外して浮気をしまくるという。だから結婚前に、思いっきり遊んでやろうと思ったんだ。

「いやいや」である。隙あらば「経済的価値」というクロス軸のみで世界中の事々物々を切ろうとする男も、やはり性欲ゴリラへと回帰するのか。わたしは性欲を正当化する男が嫌いだ。水滸伝に登場する宦官たちを見てみろ。私利私欲を満たし、女も抱きまくるあの姿、正に悪徳の確乎不抜という言葉が相応しい。どうせ抱くなら堂々とやれ、そういうことだ。

「ちゃうねん」

ちゃうらしい。前のめりになった身体を戻して話を聞く。

彼女以外の女性と、セックスはしたくない。セックスどころか、ボディータッチすら嫌だ。だが、「結婚前に思いっきり遊んでやった!」という確信が欲しい。そこで、経験の少ない自分に考えられうる”究極の遊び”を実行してやった。

なるほど、である。軽はずみに浮気するような男ではないので、この弁明はすんなりと受け入れられる。しかしここで気になるのはその”究極の遊び”とやらである。

「tinderでマッチした女の子と一緒にハプバー行った」

ハプバーという単語がどの程度メジャーか分からないので、一応説明を挟んでおく。ハプバーとは「ハプニングバー」の略称である。性的に様々な趣味嗜好を持った人々が集まり、会話や突発的に発生する性的コミュニケーションを楽しむ場である。詳しくは自分で調べてほしい。説明が必要な単語が多くてじれったい。ゴリラはゴリラらしくバナナ齧ってうんこでも投げていてほしい。そしたら何も説明がいらないのに。

話を戻そう。つまり、性的関係を結ばずに遊んだ気分になるには、性的な欲望が還元されずに濃縮しているハプバーという場が最も適しているとロジカルに考えたらしい。ハプバーでは全裸のおっさんが仁王立ちでちんこをライトアップしていたそうだ。何だその地獄絵図。

「何してたのそこで」

「一緒に行った女の子が他の男性とハプニング起こしているのを酒飲みながら見てた」

そして男は満足し、無事tinderを退会したらしい。

それにしても、遊び方が常軌を逸しすぎている。普通にクラブにでも行って、遊んでいる感覚を味わうだけではダメだったのか。映画でよくいる、発狂した車椅子の老人と楽しみ方のベクトルが同じだ。金で買った娼婦やら娼年にセックスをさせて、それをブランデー揺らしながら見ているタイプの。

というか、いくら性的接触を持たなかったとはいえ、ここまでやっておいて清廉潔白といえるのか。恋人がtinderに登録しているのを見つけたとする。「ご、ごめん…気の迷いで…」と言うならまだ納得はできる。しかしこの男の場合はどうか。

「大丈夫、安心してくれ。浮気はしていない。一緒にハプバーに行った女が、他の男とハプニングしているのを、酒を飲みながら見ていただけだから」

こんな解答が返ってくるわけである。自信満々のゴリラ顔で。浮気の有無どうこうの前に、相対する男の人格や倫理観の方に気を取られる。ここで予想される恋人の反応は「浮気なんてサイテー!」ではなく「穢らわしい…」である。余韻を残すタイプの軽蔑。

まあ、もしバレることがあったらこのブログを見せて貰えばいいだろう。大丈夫、彼はちょっと変わったところもありますが、基本的には頭が良く心優しい男です。わたしが保証します。仲直りした後には、バナナでも朝食に出してやってください。