人間がへた

誰のためにもならないことだけ書きます。半径三メートルの出来事と、たまに映画と音楽。

撮影中の大絶賛は、心も身体もハダカにする

ちょっとした縁で、tiktokというアプリの撮影に参加した。撮影内容については関係がないので省かせてもらいたい。

多分ある程度若い人ならご存知だろうが、tiktokとは短尺動画共有のSNSである。アプリから提供される音楽クリップや短尺動画の音声に合わせて、リップシンクやモーションシンクをしながら撮影し、投稿する。映像に様々な特殊効果や編集を施す機能も搭載されている。

そのtiktokというアプリの撮影被写体になってくれないか、という依頼が来たわけである。簡単に言えばカメラテストみたいなもんだ。オンライン上には投稿もしない、という話だった。

このアプリ、単刀直入に言うと若者向けである。若者というか、主な利用者層は中高生に占められている。中高生が撮影し、中高生が共有し、中高生がイイネ!する。26歳の女が入り込む隙など、どこにもない。メディアの一つとしての最低限の知識はあるが、ただそれだけだ。知識と感情が結びつかない。「知ってはいるが、それがどうした」というもの。なのでわたしは、自分は一生tiktokに関わらないまま生涯を閉じるのだろう、と本気で考えていた。

そんなわたしにtiktokの被写体になって欲しいと!

何を一人で盛り上がっているんだと不思議に思う人も多いだろうが、わたしは大学時代の一日の行動を円グラフで示すなら「睡眠」「酒」で事足りる女だ。円書いて一本線引いて終わり。休日は「酒」のところに「映画」か「本」が加わる。やはり円書いて線引いて終わる。なんなら「睡眠」だけの日もあった。これに至っては円書いて終わり。2歳児だって、クレヨン渡されりゃもっと複雑なもん描くだろう。

なにせわたしは「インキャ」「インキャラ」「インキャガ」と、ファイナルファンタジー系魔法三段変化を体現したような人間だから。インキャの魔法だけ、ガ系まで習得した。ちなみにインキャガの魔法効能は、パリピ属性全体へのダメージ。「うぇい」を詠唱できなくなるステータス異常もつく。

そんなわたしにtiktokの被写体になって欲しいと!

興奮冷めやらないが、冷静な自分も持ち合わせてはいる。依頼側としては、わたしに被写体としてのアドバンテージを期待して、白羽の矢を立てたわけではないだろう。どうせあいつ暇だろう程度の基準だと推察される。だが、こちらとしては何らかの代表に抜擢されたくらいのテンションである。

「えっ!わたしが、世界アイドル選手権のグランプリ!?」

「えっ!わたしが、伝説のイケメン魔法使いの婚約者!?」

上記の例と同等程度の「えっ!わたしが、若者アプリtiktokの被写体!?」という驚きである。鼻息も荒れる。さすがに人前でフンスフンスやってると異常者かバッファローだと思われるので、なんとか鼻腔の暴走は抑えたが。理性動物としての自負もありますし。

正直、依頼を許諾するか逡巡はした。だが本心を明かすと、依頼が来た瞬間には心を決めていた。しかし、決心する理由がわたしには必要だった。

恐らく、恋して止まない片思い相手からの求愛への態度に近い。「好きだ」と言われた瞬間に、心は決まっている。だが、高揚して踊り出したい気持ちを抑えて、数秒の間の後「…ありがとう」という気持ちと同じだ。

長年にわたる片思いの歴史への肯定を、簡単に終わらせてしまいたくない。あなたの言う「好き」とわたしが心に溜め続けてきた「好き」は、一緒なんかじゃない! いっぱい好きで、いっぱい泣いた。その涙をあなたにも知ってほしい。でも重いと思われて、嫌われたくない。想い人への溢れる恋心を、心の奥の奥の宝箱にしまって、そっと鍵をかけて、そしてこの人と生きていこう。その決心が「…」の部分に詰まっているのだ。

まあ、そんな経験したことないんだが。冷静に自照すると、恐らく鼻息が抑えられずバッファローになる。そして振られる。だって彼は人間で、わたしはバッファローだから。

話が逸れた。本題に戻ろう。

かくして、わたしは「謹んで承ります」と返事をし、tiktok被写体としてのデビューを決めた。さすがに撮影には依頼である以上迷惑をかけないように、殊更まじめに取り組んだが(「真面目だね」と言われた)、心の鼻腔には台風21号が発生していた。

完成した動画は、依頼側の撮影・編集スキルと、アプリ自体の加工性能の高さも相まって、よくあるtiktokの映像そのものだった。モロtiktokだった。tiktokでtiktokの動画撮ってんだから、そらそうに決まってんだろと思うが。その時は「これ、あたい知ってる!」「これ、インターネットで見たやつ!」「tiktokってやつ!」と感動していた。「本当にあったんだ!」みたいな。賢者の石を前にした人のようなリアクションですが、実際はtiktokですからね。もちろん、誰でも無料で使えます。

それと、撮影者のノセ方が大変上手かった。わたしは元々写真を撮られるのすら苦手だ。歌う真似をしながらダンスもどきの動きをする様子を、人前でまじまじと撮られることなど、「地獄」の一言以外のなにものでもなかったのだが、ノセ方次第で人の苦手意識なんかコロッと変わるもんなのだ。

撮影中は音を立てないので、基本tiktok内の音楽を流す以外は皆無言なのだが、撮影後のフォローが上手かった。マルク・マルケスのコーナリングくらい上手い(分かる人いるのか、これ)。

「この表情いいね~」「本当にtiktokにいそう!」「リズムも難しいのに上手にやってくれて完璧だよ」「最後ちょっと照れてるっぽいのが可愛いよね」

わたしが映った動画を数人でチェックしながら、ずっとこんな賛美が飛んでくるのである。あれはすごい。

「え、わたし、まだまだtiktokでもいけちゃう?」

本当にこんな気分になってくるのである。「もしかしてtiktokインフルエンサーになれちゃう?」みたいな。

もしこれがグラビア撮影で、撮影中にもあのテンションでずっと褒められ続けたら、確実に脱いでいた。秒で脱ぐ。そして齢26歳にして「熟女モノ」デビューを飾る。