人間がへた

誰のためにもならないことだけ書きます。半径三メートルの出来事と、たまに映画と音楽。

頭の中に幼児を飼っている

脳内に幼児がいる。年齢は特に決まっていないけど、大体2~5歳くらいを行き来している気がする。いきなりどうした、と思う人もいるだろうが、別に何かの比喩でもなく文面そのままの意である。わたしの脳内には赤ん坊が棲む。

だってもう耐えらんない。お仕事しんどい。生きるってつらい。指先ひとつ動かせないレベルの満員電車の通勤がつらい。夢と能力が伴わなくてつらい。パンツのジッパー全開なの知らない人に指摘されてつらい。タクシーの運転手態度悪くてつらい。靴擦れ痛くてつらい。もうすぐクリスマスなのに恋人がいなくてつらい。冷蔵庫に酒しかなくてつらい。近所のコンビニがセブンイレブンじゃなくてつらい。ビールがぬるくてつらい。とにかくつらい。つらいつらいつらい。

そして赤ん坊を飼うことに決めた。赤ん坊の時は良かった。腹が減れば泣けば良い。栄養満点のミルクが出てくる。うんちしたら泣けば良い。やわらかなタオルで清潔にしてくれる。寂しければ泣けば良い。母の心臓の傍であたたかな腕に揺られることができる。

それが今はどうだ。腹減ったら自分で飯作るか金出して買わにゃならんし、うんちして人に拭かれるの待ってる奴は漏れなく狂人か変態だし、寂しくてもtinderにアクセスして「猫可愛いすね」「あざーす(笑)」みたいな水あめの包み紙より薄っぺらいコミュニケーションで気を紛らわすことしか出来ない。どうなってんだわたしの人生!

かくなる上は幼児退行である。残された術はこれしかない。最後の切り札が「幼児退行」な奴は一生何の主人公にもなれんだろうな、とも思うけれども。周りの仲間たちみーーんなやられてくたばってる時に

「”アレ”しかない…」

「ダメ!”アレ”を使ったらあなたは二度とこっちの世界に戻ってこれなくなる!」

とかゆうてる傍から「ほよよ~もういたいいたいのイヤなの~」つって戦闘放棄だしね。剣とか重い重いで持てないぽよ~つって。幼児の語尾は「ぽよ」じゃないと思うけどそんなことは知らん。実際こっちの世界にはもう戻ってこれませんよね逝っちゃってんだもん理性を司る何かしらの脳の回路。

ただ、このソリューション案外役に立っている。とりあえずつらい気持ちを全て脳内幼児にブン投げておけば良いのである。これだけ聞くと幼児虐待の空気が醸されてくるが、どうでもいい。そんなことは。

例えば上司に詰められた時。これまでは真正面から受け止めて「何て無能なんだ…」と悔悛した結果、一日に約10回の頻度でメンタルが地下に叩き落されていた。しかし今は一旦赤ん坊に投げておく。すると赤ん坊が泣く。「え~んおじちゃんがいぢわるするのぉ」と地べたでジタバタ始める。脳内で赤ん坊がジタバタしてるのを見ながら現実のわたしは「確かに思考の詰めが足りていませんでした、今後の課題として意識しつつ改善に勤めます」と真顔で答える。このあたりで赤ん坊が泣きやみ始めるので、「お~よちよちいじわるされたのちゅらかったね~」と脳内赤ん坊を脳内であやす。子ども泣き止み、心も晴れる。

例えば深夜まで残業が続いた時。これまでは「もう帰りたい…映画観ながら酒飲んで寝たい…」と叶わぬ夢想を抱えて自己を追い込んでいたが、これも一旦赤ん坊に投げておく。「もうちゅかれたあ~おうちかえりたい~」とグズり出す。心を鬼にして一度無視する。「わがまま言いなさんな!」と一喝する。赤ん坊が泣きだす。やはり無視。そして仕事が終わる頃、赤ん坊は拗ねてそっぽを向いている。わたしは後ろからそっと抱き上げ、「お待たせ。おうちかえろっか」と言う。赤ん坊はまあるい頬をもっと膨らませている。目線を合わさず、コクンと頷く姿につい笑みがこぼれる。カラスが鳴いた(あと狩りまで終えてひとっ風呂浴びて巣帰って寝てるくらいになった)ら、おうちに帰ろ。

日々のつらさはインナーチャイルド創出で大体解決できる。「何でこんなこと出来ないの?」と言われても「しょーがねーだろこっちは赤ちゃんなんだよ」と心の中でバブれば終了。

問題を挙げるとすれば、常に脳内で赤ん坊と会話しているせいで現実世界でも気を抜くと赤ちゃん言葉が出てしまうことだが、こちらは環境要因により問題にならず解決。

同期と話している時に「は~たばこ吸いたいでちゅね~」と極々自然に口をついて出たことがあったが、「たばこしゅいたいでちゅか~」と返されて終わった。特に突っ込みも無し。みんな心に赤ん坊を住まわせているんだなあ、と仲間意識をしみじみと感じながら、大人のおしゃぶりを吸いに喫煙所へと向かう。

この間知り合った30歳男性はベンチャーのスタートアップ企業に勤めており、例に漏れず忙しいそうだ。彼も幼児を頭に住まわせている。というかこの男性と二人で話している時はもはやインナーチャイルドですらなくセルフチャイルドの域に達している。

「乾杯~おつかれ~」

「今日も仕事ちゅかれたわ」

「まじオギャア」

そういう会話をよく交わす。午後10時、東京の居酒屋の片隅で赤ん坊が二人誕生。元気な産声。女の子と男の子ですよ~と産婆も微笑む。

「最近仕事どうなん」

「オギャりからのバブぽよマミーて感じ」

「オンギャみ~」

これでお互いの大体の近況を把握できる。ほんの一か月前あたりに初めて会った時はちゃんと人間の言葉で話せていたはずなので、言語野あたりが赤ん坊収納スペースに代替されてしまったんだろう。

つらい人は騙されたと思って試してみてください。赤ん坊は未来を照らす光ですから。