人間がへた

誰のためにもならないことだけ書きます。半径三メートルの出来事と、たまに映画と音楽。

わたしの人生から「島んちゅぬ宝」という歌を奪ったバイト先のセクハラジジイ

大学2回生のわたしはバイトを探していた。

一年ほど梅田でバーの店員をしていたが、暑い日も寒い日も雨の日も風の日も、夜な夜な東通り商店街のド真ん中に立ち、キャバクラやら風俗やらのキャッチの黒服に混じって客引きをさせられるのが億劫になってきていた。徳永英明に顔と声が似ている店長に「笑顔でな」と言われ、全力で表情筋を引きつらせながら声掛けをしたリーマン達に「君なんでそんな真顔なの?」と聞かれる一連の流れにも飽きていた。

ある時キャッチで引っかけた一見ジジイがわたしをいたく気に入り、彼は週2~3で来店する見事な常連セクハラジジイへとメガ進化した。そのジジイからの執拗な胸や尻への接触を、一身に引き受けている状況も気に食わなかった。

カラオケが設置されているバーだったのだが、歌好きらしいジジイは毎回大いに活用していた。「島んちゅぬ宝」が十八番だった。まず「島んちゅぬ宝」をジジイが歌ってから、今井美樹の「PRIDE」をデュエットさせられるのがお決まりだった。ジジイはカラオケの最中もセクハラの手を決して緩めなかったので、「島んちゅぬ宝」を聴きながらセクハラを受け続けるという責苦を強制的かつ長期に受け続けた結果、わたしは「島んちゅぬ宝」を受け付けない身体になった。聴くと鳥肌が立ち、ボトルラックの間接照明に照らされた薄暗い店内の光景と、ジジイの顔がフラッシュバックするようになった。トラウマにおけるパブロフの犬状態。

今井美樹の「PRIDE」を歌う時、ジジイは「貴方への愛こそが 私のプライド」という部分で必ずわたしの目を見つめてきた。海坊主によく似たジジイに微笑み返しながら、わたしは表しようのない人間というものへの怒りと失望を胸中で膨らませ続けていた。わたしのプライドは粉々に砕かれていた。

ある日、どことなく神妙な顔をしたジジイに愛人契約を持ちかけられた時、わたしはバイトを辞める決心をした。「癌で死ね」と、具体的な死因までを規定した上で人の死を願ったのは初めてだった。外では道行く人の外套が色づき始めていた。季節は春を迎えていた。

バイトを辞めてしばらく経った。とうの昔に春は過ぎ去り、青々と茂った枝葉の影でセミたちが羽を震わせていた。貯金も減ってきていた。というか、バイトしていた店の真横に大学に入りたての時から通い続けていたバーがあり、深夜にバイトが終わるとそこに直行し朝まで飲み、その日稼いだ分を費やすという徒歩10秒圏内の地産地消生活をしていたので、大して金も貯まっていなかった。右の店のレジの金を左の店のレジに移すかのごとく、宵越しの金を持たぬ日々だった。華の女子大生のはずが武士のようなライフスタイル。

そんな折に友人がコンビニバイトの話を持ちかけてきた。バイト先のセブンイレブンが人手不足のようだ。夫婦二人、妻が店長、夫がオーナーのフランチャイズ経営の店らしい。渡りに船とばかり、友人に頼んで面接をセッティングしてもらった。マジで人が足りていなかったのか、面接開始3分での即時採用だった。面接相手は店長だった。

「よろしくお願いします」と頭を下げたわたしに、店長は「女の子だからって、ちゃんと働かなくていいとか力仕事しないでいいとか思わないでね!」とキツい口調で言い放った。割と真面目に働く人間なので毛頭そんなことは考えていなかった。女という、ただそれだけの理由で未だ犯さぬ罪を先回りして怒られる#me too案件を唐突にふっかけられたわたしだったが、チキンにもなれぬヒヨコメンタルであるので、「意外と力持ちなんで大丈夫です」と返事をした。ちなみに力仕事は無かった。

そして更年期障害の店長との戦いの火蓋は切って落とされた。ジジイに悩まされる日々が終わったと思ったら次の敵はババアだった。

コンビニの業務には「フェイスアップ」と呼ばれる重要な業務がある。弁当やおにぎり等、客が買ったり手に取ることで陳列が乱れてくるので、商品を見やすく、手に取りやすいように整える作業だ。特に弁当類は細かく廃棄期限が設定されているので、期限が近いものをより見えやすい場所に配置する等の小技も求められた。大して忙しくもない店だったので、暇を持て余すとフェイスアップばかりしていた。いかにおにぎりを真っ直ぐ並べるかに命をかけていた。

ある日の昼下がり、店長に弁当コーナーに呼びつけられた。昼ピークも過ぎ、次の搬入もまだだったので弁当やおにぎりは売り切れ、ガランとした清潔な棚が蛍光灯で照らされていた。幕の内弁当が一つだけ売れ残っていたが、複数廃棄が出るのが当たり前な普段のことを思うと、むしろよく売れていた方だった。

「何ですか」と問うわたしに、店長は目を三角にして棚に一つ取り残された幕の内弁当を指さしながら「このお弁当が売れ残ったのはね!あなたのせい!」と言った。倒置法を使ってまで弁当が売れ残った原因がわたしであることを強調された。「そんなわけねえだろババア」と思ったが、一応「何でですか」と問い直した。

店長の言い分によると、フェイスアップをわたしが怠ったことで、哀れ幕の内弁当は客に選ばれず廃棄処分の運命を辿ることになったらしい。ただ、わたしは本当に隙を見てはフェイスアップ作業をしていたので、当然その幕の内弁当も見えやすい所に並べていたし、残り商品が少なくなってきた時点で最も目立つスペースに置いていた。その幕の内弁当が売れなかったのは、幕の内弁当に魅力が足りないか、客がこぞって幕の内弁当に意地悪をしたか、そもそもお前の発注センスが悪いかのどれかである。絶対にわたしのせいではない。

と思ったが面倒なので「すみません」と謝った。店長はプリプリしながら再びバックヤードに引っ込んでいった。

ここまで散々な描写で書いているが、このバイトは楽で好きだった。店長も、機嫌が悪い日はただのクソババアだが、ご機嫌な時は帰り際に廃棄のお弁当やらパンやらをニコニコしながら沢山持たせてくれた。「今日はおまんじゅうが余ったの!食べなさいね」と手渡された大して好きでもないまんじゅうを、「おいしいです」と言いながら完食してみせたこともあった。時間帯があまり被らなかったので会う機会は少なかったが、店長の夫であるオーナーも優しかった。常に笑顔を絶やさず穏やかなオーナーをして、「君の遅刻はもうアレだ、大陸の問題だ」と地球規模感のあるガチ切れ台詞を言わしめた、遅刻癖がヤバい同級生のバイトともすぐに仲良くなった。

採用翌日の就業時間中に蜃気楼のように姿を消し、そのまま飛んだ中富くんという男の履歴書が、就業前に読まされる標語の書かれた額縁の横に貼りつけられていたのも面白かった。ちなみに中富くんは大学の喫煙所でたまに会うことがあったので、「店長たちブチ切れで履歴書が晒し首にされてるよ」と報告すると、「もう俺あのコンビニ行けねえなあ」と言っていた。その数日後、中富くんは深夜にバイト先のコンビニに来店し雑誌を立ち読みしていたが、オーナーがバックヤードから店内に出た瞬間に猛ダッシュでチャリに飛び乗り暗闇へと消えていったらしい。

客も色々いた。スポーツ新聞を買っては「俺は金本のアニキと一度居酒屋で飲んだことがある」という自慢話をレジ前でしていくおっさんや、意志すら感じさせる毅然とした態度で「レシートいりません」と毎回宣言をするレディコミ牛乳コーヒー女、目当てのタバコが近隣コンビニで見つからないことにブチ切れながら来店し店内にいたわずかな客を一掃したヤクザなど、レジカウンター越しに訪れる刹那的な出会いは気楽で愉快だった。

バーでバイトしていた時のストレスから解放され、わたしは1年程そのセブンイレブンでのんびりと働いた。業務種類の多いコンビニでの仕事も覚え、朝ピークのクソ忙しい時に郵送のゴルフバッグを持ち込むおっさんに心中ブチ切れながら客を捌くことも出来るようになっていた。ベテランのおばちゃん店員たちとも仲良くなり、高校生の娘と親子でバイトしている女性の家に招かれて晩御飯を頂いたりもした。

就業前に着替えている時、店長に声をかけられた。

「あなた、時給が上がるからね!」ニコニコ顔で言われた。

「ほんとですか!」わたしもニコニコ顔で返した。

「そうよ~、最近あなた頑張ってるからね」

「ちなみにいくら上がるんですか?」

13円だった。バカらしくなって辞めた。