人間がへた

誰のためにもならないことだけ書きます。半径三メートルの出来事と、たまに映画と音楽。

感嘆符を失った女と夜景ドライブの食い合わせの悪さ

大学生時代、友人三人でドライブに行った。うち一人が車を買っただか親の車を貰っただかで発足したイベントだった。

夜、家の目の前まで迎えにきてもらい助手席に乗り込んだ。普段から運転をしているのだろう、運転手のハンドルさばきはスムーズで、ドライブは好調な滑り出しを迎えた。車で40分程度走らせたところに、摩耶山展望台という夜景で有名なスポットがあったのでそこを目指していた。車内では当時流行していたEDMが大音量で流れていた。

「大学生が行うドライブについて以下の言葉を用いて説明しなさい」という設問があった場合、そこで呈示される単語はやはり「夜景・EDM・友達の車」であろう。模範解答は「友達の車で夜景を見にEDMを流しながら山へ行った」である。アレンジとして「イツメン」や「濃いメンツ」という単語を加えるとウェイポイントも加算される。テスト前には是非とも覚えておきたいテクニックである。

車は問題なく山のふもとに到着した。ここからの道は狭く曲がりくねっており、また車・バイクの走り屋も多く訪れる場所だった。わたしはバイクに乗るので、展望台に行ったことは無かったが、山自体には毎日のように走りに行っていたのでよく知っていた。

「こっから少し危ないからゆっくりでいいよ」と言うと、運転手の男は「俺、山とか走り慣れてっから大丈夫やで」と返した。

この男を仮にみっちゃんと呼ぼう。みっちゃんは無茶苦茶カッコつける男である。みっちゃんの内部世界には無尽蔵のカッコつけがある。「かっこいい」のではなく「かっこつけてる」なのがポイント。

みっちゃんのカッコつけは常に若干ズレている。もの凄いキメ顔で「俺、ローストビーフよく作るんだよね」と女を口説く男である。これだけ聞くと、料理趣味の友人の何気ない一言を「口説かれてる」と自己解釈するヤバめの女に見えることは自覚している。ただ実際にみっちゃんという男は肉塊ひとつで女をオトしにかかる男なのだ。

俺、ローストビーフ作んの得意なんだよ。スパイスとかにも凝ってるし。自分で配合してんの。え?普通のと何が違うって?それは教えらんない(笑)、企業秘密(笑)。けどホントうまいからさ、今度うち来たらいいやん。食べさせてあげるよ。

このようなことをなんかすごいカッコつけてる感じで話す。「今わたしが相対している人物はGACKTなのであろうか」という気分になってくる。

山道へと車を進めたみっちゃんは、おもむろに片手をハンドルから離した。これはもう自明の理である。かっこつけて運転する男は片手でハンドルを握るし、片手でハンドルを握る男はかっこつけた運転をするのである。桜の花びらが風に巻かれてそっと枝から離れることにわたしたちが理由を求めないのと同じく、彼もまた自らの片手がハンドルから離れることに釈明を付け加えることはない。

「俺くらい運転上手いと山道でも片手で全然いけんねん」

前言撤回である。むちゃむちゃ主張していた。ハンドルから離れたみっちゃんの片手が車内でカッコつけタイフーンを発生させていた。

「結構飛ばすけど、車酔いとかしたら言ってな」と続けた。

できることなら普通が良い。後ろから追いつかれた車には道を譲って先に行かせるのが良い。飛ばす楽しさは知り合いの走り屋の助手席で体験できる。安全に、ゆとりを持って走るカッコよさもあるんだよ。そう言いたかったが辞めた。みっちゃんが思う自分らしいカッコよさを完遂させてあげたいと思う友人心であった。あと飛ばすと言った割に40キロ巡航くらいだったので大して危険でもなかったというのもある。

ちなみに、ここまで登場しないもう一人の友人は後部座席に当然座っており会話にも参加しているが、みっちゃんのインパクトに負けて何してたかあんま覚えていないので、今後もこの話では一切登場しない。各々で適当に補完しておいて欲しい。

車は無事展望台に到着した。急カーブと車のすれ違いが多かったので、時折みっちゃんの片手は自然とハンドルに吸い寄せられていたが、すんでのところでグッと堪えていた。固く握りしめられた拳からは「男子に二言無し」のみっちゃんの気概が感じられた。

展望台までは少し歩かないといけなかった。すぐにひらけた広場に出た。まだ夜景は見えないが、山際に夜景を一望できるスペースがある造りになっており、人が集まっているのが夜目に何となく分かる。

歩を進めようとすると後ろから目を塞がれた。所謂「だーれだ」のアレである。もちろん塞ぎ手はみっちゃんである。

「黒ずみってここ来たことないやろ?目の前までのお楽しみ」みっちゃんは言った。

シンプルに「うわ~」と思った。サムいサムくないの話ももちろんあるが、どちらかと言えば、期待されたリアクションを返す困難さの予感に恐れを抱いていた。

とにかくわたしはリアクションが薄いというか下手というか、感嘆符を失ってしまった女である。サプライズとかも本当に怖い。

みっちゃんが期待するリアクションは「やばーい!むっちゃ綺麗!すご~い」みたいな感じだろうとわたしは推察した。そして通常通りであれば発せられるわたしのリアクションは「うわむっちゃ綺麗やん」である。からの「一旦たばこ吸っていい?」だ。しかもわたしはその展望台にこそ行ったことは無かったが、毎日バイクで山には登っていたので近接するスポットからの夜景は腐る程見ていた。

しかし、ここまで車を出してくれて、しかも夜景の美しさの感動をひと際大きなものにしようと尽力してくれるみっちゃんの気持ちには応えたい。わたしはそう思った。精一杯わたしの感動を伝えよう。期待される反応とは程遠いかもしれないけど、せめて大きな声を出そう。そう思った。地区予選敗退確実の野球部のようなメンタリティ。

秘かなる決意を胸にわたしは歩き出した。勿論目は後ろからみっちゃんに塞がれている。物凄い歩きにくい。目も見えず道も分からないのでどうしてもチョコチョコ歩きになる。大変滑稽である。しかも広場がデカいのでゴールの展望台までが遠い。これについては3秒に一回、薄目で進路を確認するというワザップで事なきを得た。実を言うとこの展望台、広場の通路に蓄光塗料が塗られた石が敷き詰められており、ぼんやりと光る道がとても幻想的だった。みっちゃんはそのへんも夜景と一緒に見せたかったんだと思うが、ここは安全性を優先した。むっちゃ光る道みてた。そしてチョコチョコ歩きの変な男女を5分程全うした。みっちゃんもよく途中で心折れなかったと思う。みっちゃんに二言は無いのだ。

「絶対目開けたらあかんで。あ、そこ段差な」

「見るわけないやん、まだ着かへんの~?」

ガッツリ見てた。段差もひょいひょいだった。そしてわたしたちは展望台に辿りつき、視界は解放された。

「わあ~!……むっちゃ綺麗やね、道とかも…光ってるし…夜景と相殺やね」

一つ目のエクスクラメーションマークを発してわたしは力尽きた。何故か夜景と光る道の美しさを累乗ではなく打ち消し合うスタンスを表明した。そしておもむろにタバコに火をつけて黙り込んだ。リアクションの大きさではなく、「夜景の美しさに言葉を失う」という静かなるスタイルで感動を表現するスタイルにシフトする戦略だったが、傍目ではただのやさぐれた女であったと今にして思う。

でも、このドライブはとても楽しい思い出として今でもわたしの心に残っている。みっちゃんには、ありがとうと、サプライズ演出する女は選べ、という二点をここで伝えたい。