人間がへた

誰のためにもならないことだけ書きます。半径三メートルの出来事と、たまに映画と音楽。

失言と手足のバタバタとわたし

わたしは失言が多い。特に酒を飲むとその傾向が強い。

まだ大阪に住んでいた頃、長年通い詰めていたバーで飲んでいた時のことだ。バーのマスターと、客はわたししかいなかったので二人で話していた。マスターが旅行に行ったそうで、話を聞いていた。他愛のない会話が続いて、ひと息つくと、マスターがカウンターの下から、棒つきのアメが何本か入った可愛いらしいプラスチックのケースを取り出して、わたしに手渡した。

わたしは即座に「あ、かわいい。でもこういうアメって中々食べなくて知らんうちにグニャグニャになって歯に張り付きますよねえ」と言った。

「あ、ごめん、これ旅行のお土産」とマスターは言った。

まあ、そらそうだ。旅行の話して、手ごろな感じのアメのケースが出てきたら誰だって「あ、お土産かな」と思うだろう。わたしも普段ならそう察知してお礼の言葉でも考えているはずだ。ただその時は、頭に浮かんだ「アメ=溶けてグニャグニャ」の図式がわたしの声帯を震わせた。

わたしは少し焦りながら、挽回を図ろうとした。

「そうですよねえ。多分このアメは溶けても歯に張り付かない優秀なアメなんでしょうね」

ちがうな、と思った。失言の動揺を隠そうとして、ことさら理性的に取り繕うとした結果わけの分からない褒め方になった。溶ける前に食えよ、というツッコミもある。第一、人から何か貰ったらまず礼を言うのが作法というものだろう。

「あっありがとうございます。ちがうんですよ、食べますけど、普段あんまりアメ食べないんで!」

ここまで来ると挽回は不可能である。ドツボにはまっている。いらねえもん貰っちまった、というニュアンスも登場。このあたりから顔は冷静だが手足がちょっとバタつき始める。伝えるべきメッセージ不在の身振り手振りが加わる。頭より身体を動かして何とかしようとする、理性動物としての人間の風上にもおけない行為。意味の無いカロリー消費。

他にも、一人で飲んでいる時に話しかけてきた男との会話でも失態を犯した。当時のわたしは大学院生で、就職活動が終わった直後くらいだったと思う。就職業界の話になり、どうして広告業界を選んだのか、と聞かれた。

「女の子なら商社とか金融に行きたいもんじゃないの?」

「あー絶対いやですね。クソつまんなさそう」とわたしは答えた。

男は銀行員だった。先回りして失言をかました。置き失言。じわっと背中に嫌な汗をかくのが分かる。ただ、この時は「女の子なら」と決めつける発言に少しㇺッとしたのと、若干会話が面倒になっていたので、「銀行員ですか。素晴らしい職業ですね」と投げやりな褒め方で茶を濁した。足とかも組んでいた。

先日飲んでいる時は、相手の昔話の中で「高校生の頃は派手な友達と遊びまわっていて、金髪だった」という情報が出た。現在のイメージと全く違っていたので、写真があれば見せてほしいと前のめりで頼んでみた。

「そういう人好きなの?」

「いや全然!」

元気いっぱいに人の過去を全否定。この時はあからさまに手足がバタバタした。「いや」と「全然」という、否定に否定を掛け合わせる荒業も登場。精一杯手足をバタバタさせて挽回を図るが、テーブルに置かれた七輪の煙が揺れただけだった。

定期的にこういう失言をやらかしては、手足を活動させている。三つ子の魂百まで、というからにはこの悪癖との付き合い方を考えていきたい。せめて、この手足のバタつきを何かに活用できないものか。

水泳選手にでもなればいいんじゃないか。飛び込む直前に、失言をかまし、手足のバタバタで史上記録を出す。

コーチが試合を前に緊張しているわたしの両肩を抱き、わたしの目を見据えて言う。

「頑張ってこい!これまでのお前の努力を信じろ」

「うわクチくさ」

そしてプールに飛び込む。

多分ですが、こんなやつは溺れた方が良いと思います。