人間がへた

誰のためにもならないことだけ書きます。半径三メートルの出来事と、たまに映画と音楽。

名を二つ持つ男と付き合っていた話

最近色々と悩みが多い。悩むというのは自分の向かうべき方向が分からなくなることに近い。つまるところ思考が迷子になっているのである。悩んでいない時は前、つまり未来を向いた思考が出来るが、悩んでいる時はそれが出来なくなる。問題を抱えている時、寝る前に過去のどうでも良い失敗やとりとめのない記憶が次から次へと思い出されるのは、思考のベクトルが四方の時間軸に拡散しているからだ。

昨日寝る前、例に漏れず過去に経験したさまざまな事象とそれに伴う情動の再現がわたしの脳みそを支配していた。何故か初めて付き合った元カレのことを妙に思い出していた。

といっても、別に情緒的な思い出し方ではない。なぜならこの元カレ、わたしのその後の長いダメンズウォーカー史の航海の始まりに相応しい、ド・くそofダメンズだったからだ。

他の元カレも数々の伝説的ダメンズエピソードには事欠かないが、やっぱり何だかんだインパクト的にはこいつに軍配が揚がるんじゃないか。

もはや飲み会の持ちネタと化しているが、まず半年間偽名を使われていた。もう関わりも無いし珍しい名前でも無いので書いてしまうが、偽名が「ひろと」で本名が「ゆうき」だった。カスりもしていない。意味が分からない。偽名を使われていた理由も未だに不明である。そして偽名が発覚した後もズルズルと二年以上付き合った自分が一番意味がわからない。ダメンズウォーカーの才能が開花した瞬間。そんな花一生開かんでいい。

当時はゆうきくんと呼んでいたので、便宜的にそう記述するが、わたしがゆうきくんと付き合ったのは高校一年の終わりごろだった。彼は24歳でトラックの運転手をしていた。出会いのきっかけは忘れた。

今ゆうきくんとのことを思い出して何よりも恐怖を感じるのは、彼の家族についてである。ゆうきくんは実家住まいだった。たまたまわたしの生家と近く、自転車で20分くらいの距離だったので、しょっちゅう家に遊びに行っていた。というか入り浸っていた。高校の時は親が厳しかったので、夜中に家を抜け出して会ったりしていたが、大学に入ってからはほぼ毎日家に上がり込んでいた。

ゆうきくんの両親は放任主義だったようだ。まあ、普通の親なら社会人の息子が高校生の女と交際していてしょっちゅう家に上げていたら注意くらいしそうなもんなので、当時のわたしが考えていたより緩い親だったんだろう。

しかしわたしはゆうきくんの両親が好きだった。事情は省くが、わたしは家と家族が大嫌いだったし、家族団らんや仲の良い会話など交わした経験も無かった。緊張せず、萎縮せず、緊迫感の無いコミュニケーションを家族と取るのが夢だった高校生のわたしにとって、ゆうきくんの親はそれを疑似体験させてくれる存在だった。仲も良かったと思う。ゆうきくんがいない時に家に行っても、一緒に晩御飯を食べて帰りを待っていたりした。

ここで彼の両親が怖いという話に戻るが、上述の話から分かるようにわたしは彼の親ともよく交流を持っていた。つまり、彼の親の前で偽名である「ひろと」という名前をしょっちゅう出していたのである。そらそうだ。どこの世界に彼氏に偽名使われている可能性を考慮して、両親の前で恋人の名前を出すのを避ける女子高生がいるというのか。

「ひろくん」と呼んでいた。ひろくんが偽名である事実を露程も知らぬ高校生のわたしは、無邪気に彼の親の前でも「ひろくんひろくん」と言っていた。そしてある日突然、本名である「ゆうきくん」と呼びだしたのである。

彼の親は一体わたしのことをどういう目で見ていたのか。息子に高校生の彼女が出来たようだが、この子ずっと息子の名前を勘違いしているわ…とでも思っていたのか。そしてある日「ようやくほんとの名前を覚えたのね!」と感動していたのだろうか。

んなわきゃあ無い。絶対何かしらの会話があったはずだ。「アンタ、あの子ずっとアンタのこと『ひろくん』て呼んでるけどどういうこと?」なのか、あるいはゆうきくんが「ごめん俺いま偽名使ってるから、てきとーに話合わせといて」にせよ。

どちらにせよ怖い。しかし、今よく当時のことを思い返してみると、わたしが「ひろくん」と呼んでいる時期には彼の両親はゆうきくんを名前で呼ばなかった。「あんた」とか「お前」と呼んでいた気がする。そしてわたしが「ゆうきくん」と呼びだすようになると、「ゆうき」と呼ぶようになった。

つまりゆうきくんの両親も、偽名事件に加担していた、というのが総合的に導き出される結論である。怖い。やばい。どんな家庭だ。わたしのダメンズウォーカーの才能開花と同時に、ゆうきくんの家族にもスパイ的な才覚が宿ったのか。なんか知らんけど、互いの能力が呼応し合う感じで。

そういうことをつらつらと思い出していた夜だった。

ちなみに、ゆうきくんと別れた後付き合ったのは近くの大学に通っていた同い年の男だったが、こいつは一週間友達とインドに旅行に行ったあと「インドに行って価値観が変わった」という理由でわたしを振った。

旅行に行く前は所謂アメカジ系のファッションだったのに、旅行から戻った男は麻で出来たダルッダルのパンツにTシャツを着て、腕や首には木でできたよく分からんアクセサリーを色々とつけていた。「ずいぶん染まって帰ってきたなあ」とは思ったが、まさか旅行がきっかけで振られるとは。しかも一週間の。

正直全く性格が合わず、別れるにしても一か月しか付き合ってないしなあ、と考えていた矢先だったので別に良かったんだが、さすがに理由が理由だったので印象に残っている。20年という人間の生きてきた歳月を、一週間で塗り替えるインドの底力の大きさに圧倒される。

そっこーで友達に言いふらした。その結果「インドに敗北した女」というあだ名がついた。これまでの二つ名の中で、最もスケールが大きいあだ名だった。未だ更新されていない。

これを超えるにはやっぱアメリカですかね。誰かわたしと付き合った後にアメリカ旅行に行って振ってください。そして東南アジアとUSAを股にかける女になるので。