人間がへた

誰のためにもならないことだけ書きます。半径三メートルの出来事と、たまに映画と音楽。

スプラトゥーンが下手な幽霊の話

友人の家に幽霊がいるらしい。

話というのはこうだ。男は数日間、家を空けて旅行に行っていた。もちろんその間、男の家には誰もいないはずである。にも関わらず、ゲームの『スプラトゥーン』のログイン記録と対戦記録が残っていたらしい。わたしはスプラトゥーンはやったことが無いので詳しいところは分からないが、ゲームをつけっぱなしで家を出たとか、そのせいで勝手に試合に入ってしまったとかは起こり得ないようだし、しかも何戦かした記録があったそうだ。要するに何かのはずみという話では説明できない現象が起きたようだ。

「俺んちなんかいるっぽいんだよ…」

不安げな面持ちでそう呟いていた。幽霊が怖いようである。しかし話を聞いているこちらとしてはいまいち世界観に入り込めない感は否めない。そもそも電子機器が絡むと「何かのバグなんちゃう?」と思ってしまうし、よしんば本当に幽霊だったところで、ゲームする幽霊って別に怖くないし。怖くなくないですか?ゲームする幽霊。しかもスプラトゥーン。ただのミーハーゲーマーである。ワンパンで勝てる。どうせ家いないんだしゲームくらいやらしてやりゃいいじゃん減るもんでもなし。なぜだか男を咎め始める。幽霊に勝手にゲームされてる被害者のはずなのに。

「いやでも実害あるんだよ」

「なに?呪いとか?」

「0キルだから対戦レート下がんだよ」

雑魚やん、とも思う。下手の横好きのゲーマー幽霊やん、と。というかしっかり戦歴を見るあたり目の前にいる男もゲーマーの血に負けてしまっている。「対戦レート下がるのほんとやなんだよ…」と碇ゲンドウのポーズで言っていた。気にするところが幽霊の存在如何ではなくレートな時点でコミカルさが生じる。怖い話好きのわたしとしては好ましくない流れ。

「他にエピソードないの」

軌道修正を図るべく煽ってみた。こっちは雑魚ゲーマーの話ではなく、怖い話が聞きたいのだ!

「あるんだよそれが…」男は話し出した。

男の友人が自分の家に遊びに来た時、ドア越しに人が動く気配や、何やらうめき声のようなものが聞こえた。その友人は男が在宅なのかと思ったが、どうもそんな様子ではない。気持ち悪くなった友人は男の家を後にし、その体験を男に伝えた…。

良い感じの話になってきた。ベタな感じもするが、物語の始まりはクリシェ進行で構わないのだ。あとから盛り上がればそれでいい。などと男の不安をよそに考えていたが、やはりゾクゾクしない。だって家にいんの、雑魚ゲーマーの幽霊なんでしょ。うめき声だって、そら何戦もしてるのに0キルじゃ出したくもなるだろう。人が動く気配も、中でコントローラーぶん投げてんだろ。コントローラー1キルしてんだろ。そんなことを考えてしまう。

わたしの中で幽霊のイメージが完全に固定されてしまった。大学生、男、身長は高めでガリガリ。家からあまり出ないので肌が白い。サイズの合わないTシャツとチノパンの組み合わせが絶妙にダサい。夜通しプレイしたスプラトゥーンで1キルも出来ず、気分転換にコンビニに向かう最中に事故死。1キルもできなかった無念が男を現し世に拘束し、怨霊となった男は夜な夜な人の家でスプラトゥーンを起動する…。

バカじゃねえのか、と思う。目の前に幽霊がいたら説教してやりたい。「才能ないんだからもうスプラトゥーンは諦めて、すごろくとかにしなよ」きっとそう言う。

「でも俺はスプラトゥーンでキルを獲りたいんだ…」

幽霊は言うが、引きこもりがちなゲーマーなので声が小さくてイライラする。そんなだからキル取れないんじゃね、と言いながらタバコに火をつける。紫煙が幽霊を通り抜けて天井に溜まっていく。

大体、1キルも出来ない雑魚が「獲」という字を使うな、という部分に腹が立っているので話はそちらに脱線する。

「いっつも形から入ろうとするやん。「獲」の字もそうだし、無人の家でゲーム戦歴残して幽霊っぽいことしてみたり、でもそのくせに詰めが甘いからキルも取れないし幽霊なのにいまいち怖くないんだよ!」

説教に熱が入ってくる。タバコも二箱目に突入。幽霊はくやしさで膝の上に固く拳を握りしめプルプルさせているが、その履いているパンツもサイズが合っていなくてダサい。

「じゃあもういいから勝てるまでやっときなよ」

そう言ってスプラトゥーンを投げよこす。話に飽きたので寝たくなったのだ。幽霊は画面にかじりついて必死にコントローラーを操作している。わたしはうつらうつらとしながら、ゲームをする幽霊の姿を見て「あ…コントローラーと一緒に身体も動いちゃうタイプの下手な奴や…」と思いながら眠りにつく。

翌朝、幽霊の姿はなく、点けっぱなしのテレビとコントローラーだけが残されている。戦歴を見てみると、数多もの敗戦記録のいちばん上に「1キル」の戦歴がぽつんと残されている。「ああ、ちゃんと逝けたんだな…」コントローラーには、まだ体温が残っている気がして、わたしはそれが寂しさに変わってしまう前にコントローラーをそっと机に置いた。

以上、妄想でした。まだ0キルから更新されていないようなのでこの幽霊は成仏できていないと思います。

ゲームといえば、昔付き合っていた恋人の家にPS2と初代バイオハザードのソフトがあったのでよくやっていたのだが、故障なのかセーブができなかったので、いつも途中でやめて、また最初から初めて、というのを繰り返していた。

ある時、いい加減最後までやりたい!と思い立った。しかし当然セーブができないのでノーミスでクリアするしかないのだが、何回も何回も最初の館から初めて登場する振り向きゾンビの顔を強制的に拝まされていたわたしはゾンビへのヘイトが溜まりに溜まっていたので「セーブなんかいらんわあんな秒速10センチのゾンビ倒すのなんか」という舐め腐った態度で、0セーブ耐久バイオハザードレースはスタートした。

結果として、クリアはできた。一度も死なずにラスボスまでを滅することができたのである。夕方の6時ごろ初めて、翌朝の8時くらいまでかかった。死ぬとまた最初からなので、シナリオが進み難易度が上がる終わりに近づくにつれ、わたしの「死んだら終わり」という緊張度も比例して上がっていく。ラスボスを倒してエンディングを観たときは疲労のピークだった。

寝る前にコンビニで軽食でも買おうと立ち上がった。その時に、極自然な思考で「あ、銃ないわ。まあコンビニまで行く途中で拾えるか」と考えた。これには本当にビビった。極度の緊張の中、12時間ぶっ続けでゲームをすると人間の頭はおかしくなるのである。

もしラスボスとかで殺されてたら、わたしも脳の血管がブチ切れて死んでいたと思う。そして確実に幽霊になった。初代バイオのラスボスまで到達するとゲームの電源を切る幽霊。スプラトゥーンの彼と負けず劣らずのバカである。